南アフリカ共和国の歴史

紀元前数千年ごろ、狩猟民族のサン人(ブッシュマン)と、同系統で牧畜民族のコイコイ人(ホッテントット:吸着音でわけのわからない言葉を話す者の意)が住んでいた。また、300〜900年代には、赤道に近い方に住んでいたバンツー系諸民族が南に移動し、現在の南アフリカに住むようになる。 15世紀になると、バルトロメウ・ディアスが南アフリカ南端、喜望峰に到達。
1652年にオランダ東インド会社のヤン・ファン・リーベックがやってきて喜望峰を中継基地とした。喜望峰は航海上の重要な拠点として注目されたからである。以後、オランダ移民は増え、ケープ植民地となった。この植民地に形成されたボーア人(Boer アフリカーンス語読みでブール人とも呼ばれるが、以下ボーア人で統一)の領地拡大とともに原住民との争いも起きた。一方、彼らや奴隷との混血も進んだ。 18世紀の終わり頃になると金やダイヤモンドの鉱脈を狙って、イギリス人がやってくる。ボーア人とイギリス人が対立、1795年イギリスがケープタウンを占領する。 19世紀に入ってオランダからイギリスへ正式に譲渡され、イギリス人の移民が大量に行われる。英語が公用語になる、イギリスの司法制度が持ち込まれるなどイギリスの影響が強まる。
それとともに、英語を解さないボーア人は二等国民として差別され、自らをアフリカーナーと呼ぶようになる(以下ボーア人をアフリカーナーとする)。奴隷労働が廃止されると、それに頼っていたアフリカーナーの農業主は反発、奥地へ大移動を開始する(グレートトレック)。バンツー系民族と戦いながら内陸部へと進みトランスヴァール共和国やオレンジ自由国を建設する。イギリスとの対立から2回にわたるボーア戦争に発展、第一次ボーア戦争では両国がイギリスを退けたが、第二次ボーア戦争では敗北し、それらも全てイギリスの手に落ちる。 1910年5月31日に、4州からなる南アフリカ連邦(Union of South Africa)として統合独立し、大英帝国内の主権国家としてアフリカーナーの自治を確立する。
その一年後の1911年に、鉱山における白人・黒人間の職種区分と人数比を全国的規模で一般化する、白人労働者保護のための最初の人種差別法、鉱山・労働法制定される。それからも人種差別法はいくつも制定される。そして、1948年に政権を握った国民党(アフリカーナーの農民や都市の貧しい白人を基盤とする政党)は、アパルトヘイト政策(人種隔離政策)を本格的に進めていくようになる。国連の抗議やアフリカ人民評議会などの団体の抵抗などがあるもののアパルトヘイト政策をやめることはなく、むしろ反発した。(この背景には、ボーア戦争トラウマとも言うべき諸外国への根強い不信感が指摘されている。) 1961年イギリスの人種差別に対する非難を受け英連邦から脱退して国名を「南アフリカ共和国」に変え、共和国になる。一方で、日本は白人ではないにも関わらず白人として扱うという名誉白人とされ、南アフリカ政府や南アフリカ企業と深いつながりを持つことになる。 1980年代、反体制運動は激しくなり、国際的に経済制裁を受け、南アフリカ各地で反アパルトヘイト運動が高まる。1990年代になってようやくアパルトヘイト関連法の廃止、人種差別の法律の全廃を決定する。
1970年代から1980年代にかけて密かに核兵器を製造・配備をしていたが、核拡散防止条約加盟前に全て破棄していたことを1993年に発表した。 1994年4月に、全人種参加の総選挙が実施されアフリカ民族会議(ANC)が勝利。ネルソン・マンデラ議長が大統領に就任した。副大統領に、ANCのターボ・ムベキと国民党党首のデクラーク元大統領が就任。イギリス連邦と国連に復帰。新しい憲法を作るための制憲議会が始まる。1996年に新憲法を採択。国民党は政権から離脱した。
アパルトヘイトが撤廃されて21世紀になっても、依然として人種間失業率格差が解消されないでいた理由は、アパルトヘイトが教育水準格差をも生み出していたことが最も大きな要因と考えられる。アパルトヘイト撤廃によって、即日、雇用平等の権利を得たとしても、当時の労働人口の中心となる青年層は既に教育水準の差が確定してしまっており、アパルトヘイト時代に教育を受ける機会を得られなかった国民は、炭坑労働者など、雇用が不安定な業種にしか職を求めることができなかった。
さらに鉱山は商品市況によって、炭鉱労働者の雇用または解雇を頻繁に行うこともあって、黒人の失業率は白人のそれと比べて非常に高い統計結果がでてしまうのである。
しかし撤廃後12年以上が経過し、教育を受ける世代が一巡したことで、白人・黒人間の失業率格差は縮小しつつある。また政府は、単純労働者からIT技術者の育成など技術労働者へ教育プログラムなどを用意し、国民のスキルアップに努めている。今後、失業率の問題は、人種間失業率格差から、数十あると言われる各部族間格差を縮小させるような政策が期待されているが、犯罪率も高く、多くの過激派組織も活動している点は否定できない。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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